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餓え。

何かが足らない。
そういう何かが、何かをするパワーになるらしい。


日曜日、
昼頃の用事を済ませたあと、
夜の予定まで時間が3時間ほどあいていたので西新宿をぶらぶらしていた。


個人的には、
新宿の景観は好きである

写真を撮るにも
寂れた姿を妄想る(ミル)にも

都庁を見ようと思って
歩いた地下道の途中
コクーンタワーの地下の本屋に
ふと立ち寄ってみた


3.11のドキュメンタリー的な本を2時間立ち読みして
僕は3冊の本を買った

・逃げる中高年、欲望のない若者たち/村上龍
・ファントム・ペイン/鴻上尚史
・写真がもっと好きになる/菅原一剛

本当はただ地図を見るためだけだったのだが、
逃げる中高年、欲望のない若者たちがふと目に留まって、
その中でこんな一節に何かを思い出した。

(抜粋)
文学というのは、理性ではコントロールできない悪夢のようなものを物語に織り込んでいくような作業だ。
何かに対する餓えがなければ、悪夢を描写しようという意欲や集中力を維持することができない。
餓えというのは、単純に食料や飲み物が不足している状況で生きるということではない。
そういった生物学的な餓えは、空腹が満たされれば消えてしまう。

決して満たされない餓えと言うのは、階級的なものだ。
現実の身分とか生まれとか、そういった制度的なものも含まれるが、現代における階級闘争は主に精神的フィールドで戦われる。
(抜粋ここまで)


一部だけ抜いて、伝わるとは思わないが、
あぁ
と、俺はこのくだりに思った。そして思い出した。


そして、2冊の本を探した。
ひとつは、鴻上尚史さんの脚本。
ひとつは、小林紀晴さんの写真小説(暗室or東京装置)

どちらも、大学時代に俺が自分の一部としたもの

小林紀晴さんの本は見つからなかったから
それに準ずる物を買った


その気分を維持したまま
夜の予定へ。

大学の演劇部の連中との新年会。
社会人になってからの付き合いでは見れない
ねじれの位置にある世界がそこにはある

けれど、たぶん
本来僕がいるべきはこちら側なんだなぁと

ふだんは
皆がまっとうすぎて

多少変わり者もいるけど
ちょっとかわってるね
くらいで

何か違うなと
表面上の繕いと、ちょっとの毒舌と
ガラス越しの居心地の悪さが残る

社会的に考えれば中の上ではあるだろうから
あえて堕ちようとは思わないけれど

夜中まで色々話して
そのままコタツで翌昼まで寝て
昼過ぎに電車に揺られて帰ってくる

ただそれだけだけど
十分すぎるほどだった




高校・大学、確かに、何かに俺は餓えていたんだろうなと思う。
感覚は、今でも思い出せる。
そして、当時の、変わらない友人たちに合うと思い出す




これくらいの負のパワーを抱えてないと、
確かにこれは俺じゃないね

これで、
あの物語はやっと続きを書けるのかもしれない



めぐり合いを、再開を求めた孤独な誰かの物語

空っぽだった言葉に

重みは宿るのか

道に迷った男は
約束の場所にたどり着けるのか


僕はきっとたどり着けない
だからこそ
彼にはたどり着いてほしい

 by haduki810 | 2012-01-16 02:15 | 独り言

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